今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第8弾です。
民法が,私たちにとても身近なルールを決めている法律であることは,シリーズ“ゼロ”でお話ししたとおりです。 (⇒簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ”ゼロ” 民法改正の意味~)
今回のテーマは,重要な変更点である「債権者取消権」です。
前回のテーマだった「債権者代位権」と似ている部分もありますから、比較しながら読むとより分かりやすいかもしれません。
「債権者取消権」の改正は、現行の民法がわずか3条しか規定がないところ、改正民法では14条と規定されます。
大幅な変更が行われるところですし、内容もとても難しいところですので、前編・中編・後編の3回に分けて、解説・説明していきます。
今回は、債権者取消権の前編として、債権者取消権の基本、このような大幅な改正が行われることになった経緯と、改正の方向性について、説明・解説します。
詳しい改正内容については、中編、後編で説明・解説します。
債権者取消権とは
債権者取消権とは、債務者の責任財産(強制執行の対象となる財産)を保全するための制度です。
主に、抵当権や保証人などの担保を持っていない一般債権者が、債務者が無資力になって自分の金銭債権を回収できなくなる事態を防ぐため、債務者の財産管理権に介入、詐害的な行為を取り消して散逸した財産を取り戻して、それによって債務者の財産を守り、自分の債権の強制執行に備えることができるというものです。
たとえば、G社が売掛債権を有している取引先S社が債務超過に陥り、資産隠しを企んで、知人Aに相談の上、同社所有の高価な美術品を贈与したとします。
このような場合、G社は、現行民法424条1項の債権者取消権により、裁判所に詐害行為取消請求の訴えを起こして贈与を取り消すとともに、美術品を取り戻すことができます。
そして、取り戻した美術品から、G社が有している売掛債権の回収を図ることができるのです。
なお、S社が行おうとした贈与を「詐害行為」、美術品を得ようとしたAは「受益者」と呼ばれます。
また、債権者取消権は、債権者が債務者の行った詐害行為を取り消す権利であることから、「詐害行為取消権」とも呼ばれています。
例として贈与を挙げましたが、詐害行為となり得る行為は贈与だけでなく、売却、代物弁済、一部の債権者に対する弁済、担保供与などいろいろあります。
債権者取消権改正の経緯
●破産法「否認権」とは、詐害行為取消権との類似性
詐害行為取消権に似た制度として、破産手続における否認権(破産法160条以下)があります。
否認権とは、破産管財人の行使できる権利であり、破産者が本来債権者たちに公平に分配されるべき財産を贈与等の否認行為によって流出させた場合に、否認行為を否定して、その財産を取り戻すことができる権利です。
詐害行為取消権が、債務者の詐害行為を取り消して散逸した財産を取戻し、債権者の責任財産とするものであるのに対し、否認権は、破産者の否認行為を否定して散逸した財産を取戻し、債権者全員に分配するための財産とする点で、働きがよく似ています。
また、詐害行為取消権が債務者が無資力であるときに行使される権利であり、否認権が破産者が破産したときに行使される権利である点で、実際に適用される場面も隣接しています。
上記の事例で、S社が、Aに美術品を贈与した直後に破産を申し立てたとすれば、詐害行為取消権ではなく否認権の問題となります。
●平成16年破産法改正、「否認権」とのバランス
詐害行為取消権と類似の制度である「否認権」は、平成16年破産法改正に伴い、大きく整理され、要件が明確化・厳格化されました。
破産法改正が行われたのは、経済的危機にある債務者の取引相手が否認権のせいで萎縮し、債務者の再建の道が閉ざされてしまうことがないようにという考慮からでした。
類似の制度ですから、この考慮は、詐害行為取消権の場面でも同じように必要です。
また、類似の制度であるにもかかわらず、手続きや効果の点で否認権とのバランスも欠いているという問題も生じました。
具体的には、詐害行為取消権は一人の債権者のイニシアチブで行使されるカジュアルな手続であるのに対し、否認権は、破産手続において破産管財人が行使するという厳格な手続きです。
また、否認権は、否認行為の否定という効果であるのに対し、詐害行為取消権は、詐害行為の取消しという重大な効果を認めていることも好ましくないと考えられました。
改正の方向性
以上を踏まえて、今般の民法改正では、これらの点が重視され、破産法の否認権の規定を強く意識した内容への変更が行われました。
また同時に、明治時代から展開してきた緻密な判例法理の体系も整理しながら多くが明文化されています。
さらに効果面では、制度の本質的な性格に関する重要な変更が見られ、やはり否認権も参考にしながら、これまで不十分だった受益者・転得者(受益者からさらに財産を譲り受けた者)の利益保護も図られています。
つまり、債権者取消権は、
- 要件・・・否認権を意識して類型化・厳格化
- 行使方法・・・判例法理の明文化
- 効果・・・判例法理の問題点を修正
といった法改正が行われました。その結果、従来3か条のみだった規定が大幅に増え、14か条となりました。
終わりに
以上が、債権者取消権が大改正されることとなった経緯と、改正の方向性の説明・解説です。
次回、中編から、債権者取消権の詳しい改正内容を説明・解説していきます。
次回は、上記1.2.3.の改正内容の内、1.要件に関する改正を見ていきます。
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