今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第31弾です。
現在、第5回に分けて,私たちに最も身近といえる「売買」に関する改正をみています。
前回、売買の中でも大改正されることになった「売主の担保責任」について、売買の目的物・権利に不備がある・契約に適合しないケースとして、物に関する契約不適合と権利に関する契約不適合の2つに分類されることになったと説明・解説しました。
売買の第1回のコラムはこちら:簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ29 売買①:売買の改正概要・売主の義務~
前回(売買の第2回)のコラムはこちら:簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ30 売買②:売主の担保責任改正の概要~
売買・第3回の今回は、従来の民法で、目的物の数量不足や一部滅失のケース、隠れた瑕疵があった場合として想定されていた「物の種類・品質・数量に関する契約不適合(物に関する契約不適合)」(改正案562条~564条)について、改正点を詳しくみていきます。
改正民法は、物に関する契約不適合の際の買い主の救済手段として、4つの救済手段を用意しました。4つの救済手段1つ1つを、順に説明・解説していきます。
追完請求権:改正案562条1項
- 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。(後略)
上記は、1つめの救済手段、「追完請求権」の条文です。
これまでは規定のなかった履行の追完請求(不備の是正)を、第一の救済手段として新設しました。
要件
「契約の内容に適合しない」という文言がここで初めて使われ、売主に「契約の内容に適合した物を引き渡す義務」があることを認める新しい立場を表明しています。
売買の目的物が特定物か不特定物かは関係ありません。
従来、目的物の品質等に問題・不備があった場合について、「瑕疵(かし)」という用語が用いられていましたが、わかりにくいのでやめました。今後は「契約不適合」です。
その具体的な意味は、契約の内容を踏まえて目的物に求められる種類・品質・数量の目標値に到達していないということです。
求められるレベルは契約によってさまざまなので、契約の解釈が重要になります。
たとえば、同じスマートフォンを買う場合でも、家電量販店や携帯ショップから新品で買う場合、中古店から中古で買う場合、ネットオークションでジャンク品として買う場合では、求められる品質が異なります。
新品なのか中古なのか、動作保証とうたっていたのか、価格は相場より安かったのかなどの事情を考慮して、その契約ではどの程度の品質が求められていたのかを確定し、それに満たない場合に契約不適合ありと判断されます。
従来の「瑕疵」の判断も中身は同じようなものでしたが、もともとキズを意味する「瑕疵」という言葉からこの内容を正しく読み取るのはなかなか難しかったと思います。
従来の570条は「隠れた瑕疵」と規定していましたが、この「隠れた」の部分もなくなりました。
これは、次の理由によります。
「隠れた」とは、外形上明白ではなく、買主が通常の注意をしても気が付かなかったというような意味です。
しかし、上述のとおり「契約不適合」の判断は、その契約においてどのレベルの品質等が求められていたのかの判断であり、裏返せばどの程度の不具合までは織り込まれていたのかの判断でもあります。
買主が気が付いていたのか、気が付くべきだったのかという事情は、この判断の中に入ってくるので、それとは別に「隠れた」という要件は不要と考えられたのです。
追完請求権は、買主の責めに帰すべき事由による契約不適合の場合には認められません(改正案562条2項)。
ここでいう「買主の責めに帰すべき事由による契約不適合」とは、目的物の引渡前に買主側の原因で生じた契約不適合のことで、そのようなケースでは買主の救済は否定されるということです。
なお、目的物が引き渡された後に買主側の過失で故障させてしまった場合などはもちろん認められません(これは売買・第5回コラムで掲載予定の危険移転(改正案567条)の問題になります)。
追完の方法
追完の方法は、「修補」「代替物の引渡し」「不足分の引渡し」の3種類です。
まずは、買主のイニシアチブで希望する追完方法を選んで請求することができます。
これに対して、売主側は「買主に不相当な負担を課するものでないとき」に限り、売主の選んだ追完方法で追完することができます(改正案562条1項但書)。
たとえば、購入したファンヒーターが初期不良で消火してしまうので、販売店に交換を求めたが、販売店は修理で対応する、といったケースが考えられます。
代金減額請求権:改正案563条1項
- 前条第1項本文に規定する場合において、買主が相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、買主は、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。
上記は、2つめの救済手段、「代金減額請求権」の条文です。
従来の民法では、②売買の目的物の一部が他人の権利だった場合と③数量不足・一部滅失の場合にのみ代金減額請求が認められていましたが、これを契約不適合全体に拡大しました。
たしかに、一部が足りないというケースでは割合の計算がしやすくて代金減額になじみますが、そのほかのケースでも使える場面は少なくないはずだからです。
たとえば、新商品のオーブンレンジのレンジ機能は正常だが、扉に傷がついているので代金を安くしてもらう、などの使い方が考えられます。
要件
ただし、修理すれば直るかもしれない不具合まで、いきなり代金減額を求めるのは行き過ぎです。
そこで代金減額請求の前提として、履行の追完の催告をしなければならないことになっているのです。
例えば、先ほどの例で、扉についていたのが傷ではなく汚れである場合など、代金減額の前に、汚れのない物に代えてもらう、拭き取ってきれいにしてもらうなど、履行の追完を先に要求しなければなりません。
売主が追完はしないと明言しているなど、催告をしても無駄と思われる一定の事情がある場合だけ、追完の催告を省いて代金減額請求をすることができます(改正案563条2項)。
買主に帰責事由がある場合には、やはり代金減額請求権も否定されます(改正案563条3項)。
損害賠償請求権及び解除権:改正案564条
- 前2条の規定は、第415条の規定による損害賠償の請求並びに第541条及び第542条の規定による解除権の行使を妨げない。
上記は、3つめの救済手段「損害賠償請求権」と4つめの救済手段「解除権」の条文です。
第415条、第541条、第542条というのは、債務不履行の一般ルールです。
つまり、契約不適合は債務不履行だから、普通に損害賠償を求めたり契約を解除することもできますよ、ということを規定しています。
※損害賠償と解除の改正については、本シリーズのバックナンバーをご覧ください。
従来の損害賠償や解除との違い
従来、売主の担保責任として認められてきた損害賠償や解除とは、異なってくる点があります。
まず、債務不履行による損害賠償には、債務者に帰責事由がない場合には免責するというルールがあり(改正案415条1項但書)、これまではなかった売主(=債務者)の免責が認められる可能性があるという点です。
もっとも、この免責が認められるのは実際には不可抗力のようなケースに限られるため、実務にさしたる影響はないだろうといわれています。
また、上述の代金減額請求は、売主の帰責事由の有無を問わずに請求できるため、結果的に同じ救済が実現するケースもあると思われます。
次に、従来の担保責任では「買主の善意」(契約当時に瑕疵を知らなかったこと)が損害賠償や解除の要件とされていましたが(上記表参照)、その要件はなくなります。
これは「隠れた」がなくなった理由と同じで、買主が知っていたかどうかという事情は、契約不適合の判断の中に入ってくるもので、それとは別に、知っていたという事情だけで救済を否定すべきとは考えられないからです。
さらに、解除に「そのために契約をした目的を達することができないとき」という要件が求められていたのもなくなります。
もっとも、債務不履行の一般ルールに従うと、履行の催告をしてから解除するのが原則で(改正案541条)、「催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがない」と思われる一定の事情がある場合にだけ催告なしで解除できる(改正案542条)ことになるので、実質的には変わらないといえます。
買主に帰責事由がある場合について
損害賠償について、買主に帰責事由があるということは、売主に帰責事由がないということになり、損害賠償は認められません。
解除については、改正案543条により、買主(=債権者)に帰責事由がある場合の解除権行使が認められません。
したがって、4つの救済手段のいずれについても、買主に帰責事由がある場合には救済が否定される、とまとめることができます。
終わりに
以上が、売り主の担保責任の内、物に契約不適合があるケースについて、4つの救済手段を順に見てきました。
次回、売買の第4回では、もう1つのケースである権利に関する契約不適合の改正と、担保責任の期間制限に関する改正、売り主の担保責任のその他の改正について、説明・解説していきます。