今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第28弾です。
民法で新たに新設されることとなった「定型約款(ていけいやっかん)」について、前編・中編で、定型約款の定義や、定型約款の個別の条項が契約内容として組入れられる要件を見てきました。
定型約款・前編のコラムはこちら:簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ26 定型約款(ていけいやっかん)・前編:改正の経緯・定型約款とは~
定型約款・中編のコラムはこちら:簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ27 定型約款(ていけいやっかん)・中編:契約への組み入れ要件・開示~
定型約款の最終回である今回は、定型約款における不当条項の規制、定型約款を変更するための要件について、詳しく説明・解説していきます。
不当条項規制(改正案548条の2第2項)
不当条項規制の内容
契約の当事者が契約の内容を一つ一つ話し合って決める場合には、その内容が最終的に双方にとって合理的なものとなることが期待できます。
しかし、一方当事者が決めた契約内容に一括して同意するか否かの自由しかない約款による取引では、その内容の合理性が保障されていません。
あまりにも不当に相手方の利益を害する内容の条項についてはその効力を否定することとして、定型約款の合理性をある程度保つルールが必要とされます。
民法改正案548条の2第2項において、定型約款の条項のうち「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの」は、組入れを否定されることとしました。
なお、民法第1条第2項の基本原則とは「信義則」のことです。
このように、定型約款の合理性を保つためのルールがあることで、約款内容の認識についてはかなり緩やかな要件で組入れを認めることも許されるのだといえます。
具体例
具体的に不当条項とされる可能性のある条項としては、たとえば、定型約款準備者が任意に債務を履行しなくてよいとするものや、故意重過失による債務不履行責任を免除するもの、相手方が裁判所に提訴することを全面的に禁じるものなどが考えられます。
また、主たる給付とは無関係で予測不可能な商品やサービスを抱き合わせ販売するなどのいわゆる不意打ち条項も、不当条項の一種とされます。
改正案の審議過程では不当条項と不意打ち条項は別々の条文で規制することが検討されていましたが、終盤で一つの条文に一本化されました。その際に不意打ちを意味する「合理的に予測できない」という表現も文言上なくなりましたが、このことは不当性の考慮要素である「その定型取引の態様」の中で、合理的に予測できない条項については相手方にそれを説明するなどわかりやすくする措置を講じていたかどうかとして考慮され、措置が講じられていなければ信義則に反すると判断されやすくなるという形で、実質的に取り込まれたものです(部会資料83−2)。
消費者契約法による不当条項規制との違い
この定型約款の不当条項規制とよく似ているのが、消費者契約法による不当条項規制です。
同法8条は、事業者と消費者との契約のうち、事業者の損害賠償責任を免除する条項を無効としています。同法9条は、消費者の支払うべき損害賠償の額をあらかじめ過大な額で予定しておく条項を無効としています。そして、同法10条は民法・商法その他の法律の規定を適用した場合と比較して消費者の権利を制限し、または義務を加重するもので、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効と定めています。
特に10条は、改正案の条文で同じ表現を用いていることもあり、関係がわかりにくいかもしれません。
両者の主な違いは、次の3点です。
①定型約款の規制は事業者対消費者との取引に限られず、事業者対事業者との関係でも適用されること。
たとえば、事業者が市販のコンピュータソフトを利用する場合の利用規約は、消費者契約ではありませんが、定型約款として規制されることになります。
②不当性の判断のための考慮要素に違いがあります(両条文の文言を参照)。
消費者契約法は、事業者と消費者の情報力・交渉力の格差に着目して消費者を保護する狙いがあるのに対し、民法の定型約款規制は、包括的で希薄な契約意思しかないにもかかわらず契約の拘束力を認めることから生ずる弊害への対処という観点を持っていることによる違いです。
③効果が無効か組入れ否定かという違いです。
無効は合意があったことを前提にその効力を認めないことを意味しますが、組入れ否定ではそもそも合意の存在が認められません。ちなみにこの点も最終段階で表現の変更があり、「(合意をしたとみなす条項に)含まれない」としていたものを「合意をしなかったものとみなす」と改めた経緯があります(部会資料88−2)。仮に不当条項について個別の合意をしていた場合には、この変更によって結論に違いが出るようにも思われます。
定型約款の変更(改正案548条の4)
約款は、法令その他の取引を取り巻く状況の変化により、変更の必要が生じることがあります。
サービスの向上のため変更を欲する場合もあるでしょう。
そのような場合に顧客の一人一人から変更の了解を取っていたら約款の意味がありませんから、変更は一方的に行われます。みなし合意により契約に組み入れられた定型約款についても、一定の場合には定型約款準備者による一方的な変更を許す必要があります。
改正案が定めた変更の要件は次のとおり、変更が相手方の利益になるかならないかにより異なります。
- 利益になる場合:常に変更できる(改正案548条の4第1項1号)。
- 利益にならない場合:変更が契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、変更をすることがある旨の定め(変更条項)の有無とその内容、その他変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは変更できる(同項2号)。
- 変更をするときは効力発生時期を定めた上で、その時期が到来する前に適切な方法で周知しなければ、変更は効力を生じない(同条3項)。
変更条項の存在は必須の条件ではありませんが、変更内容に合致した条項があらかじめ用意されていれば、2号の合理性が認められやすくなります。
周知義務は同条2項により利益変更かどうかを問わず生じますが、周知義務違反が効力発生を妨げるのは不利益変更のみです。
なお、同条4項は、1項2号の不利益変更の場合について、548条の2第2項の不当条項規制が適用されないと定めています。
これは変更内容が不当であってもよいということではなく、1項2号により変更の合理性が問われる結果、不当条項規制よりさらに厳しく内容の合理性が保たれることになるため、確認の趣旨で置かれた規定です(部会資料88−2)。
終わりに
以上が、定型約款の新規定の内容です。
定型約款については、全体として実務を変えようとする趣旨ではなく、実務に追随して民法を現代化させる方向の改正ではありますが、これまで不明確だったところを明確にすることで、実務へもある程度の影響はあるように思います。
たとえば、不当条項規制はこれまで判例が民法90条を根拠に判断してきたところと結論を変えるものではありませんが、明文化されたことで相手方から主張される機会が増え、トラブルとなる件数が増える可能性もありそうです。
定型約款を準備する側としては、これまで以上に不当条項に注意し、現行の約款についても内容を精査する必要があると思います。
また、約款の変更の必要に備え、合理性が認められやすくなる状況を整えておくことも重要で、特に変更条項は入れておいた方がよいといえるでしょう。
一方、契約の相手方となる一般の利用者にとっては、定型約款とはいちいち読まなくても大丈夫だということがはっきりしたのではないかと思います。もちろん不利な条項のすべてが不当条項になるわけではありませんし、余計トラブルを避けるためにはできるだけ目を通すに越したことはないでしょうけれど、読んでいなくても不当条項からは守られるという仕組みが明文化されたことは、安心につながると評価できます。
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