今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第22弾です。
今回のテーマは,前回の続き、「弁済(べんさい)」の中編です。
弁済に関する3項目、
第1目:総則(誰が、誰に、何を、いつ・どこで弁済すべきか等)
第2目:弁済の目的物の供託
第3目:弁済による代位
の内、第1目の総則に関する改正について、前回に引き続き、説明・解説を行います。
前回のコラムはこちら:簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ21 弁済・前編:弁済の効果・第三者弁済など基本(総則)の改正①~
何を弁済するか
弁済すべき内容は「債務の本旨」によって決まります。
つまり、債務として求められていることをすればよいのです。何が「債務の本旨」かは、当事者の意思の解釈で決まります。
当事者の合意がない場合には民法の規定で補われます。以下に見る規定のほか、「債権の目的」の節に置かれた規定(現行民法399条〜411条)がこのためのものです。「債権の目的」の規定群については、法定利息に関するものを除いて大きな変更はありません(法定利息についての改正は以前の本シリーズでご紹介しました)。
(1)振込による弁済(改正案477条)
金銭債務の弁済を、現金の支払いではなく債権者の預貯金口座への振込で行う場合について現行民法には規定がなく、その場合いつの時点で弁済の効果が発生するのかについて、解釈に委ねられていました。
改正案では規定を新設し、振込による弁済の場合には、債権者が預貯金の払戻しを請求できる権利を取得した時(通説によれば、振込先の銀行が内部で入金記帳の処理をした時)に弁済の効果が発生します。
なお、振込による弁済が許されないケースも当然考えられますし、どの預貯金口座に振り込めば良いかということも当事者の合意によって決まります。改正案ではそこまでルール化することは見送られ、引き続き解釈に委ねられることになりました。
(2)代物弁済(改正案482条)
代物弁済とは、本来の給付に代えて別の給付をすることで債務を消滅させることです。
たとえば、借金が返せなくなったので代わりに在庫商品を引き取って返済の代わりにしてもらうような場合です。
代物弁済は一種の契約ですが、現行民法の規定では別の給付をすることが代物弁済の要件とされているので、要物契約(契約の成立に物の受け渡しが要件となる契約)という契約のタイプに分類されてきました。
しかし、あらかじめ借金が返せなくなった場合に備えて代物弁済の予約をする場合のように、別の給付の約束だけしておくケースもよく見られ、実務上重要な働きをしています。
そこで、改正案では代物弁済を諾成契約(合意のみで成立する契約)として規定しなおすことにしました。
代物弁済契約が成立すると、本来の給付義務と代物給付義務が併存することになりますが、その両者の関係や請求の方法などについては、引き続き解釈に委ねるべき問題として、ルール化は見送られました。
(3)特定物の現状引渡し(改正案483条)
特定物というのは代替のきかない物のことです。
代替がきかないかどうかは当事者の意思により決まりますが、たとえば一点ものの洋服、芸術作品、中古自動車などは特定物になることが多いものです。
特定物は、引渡し時の「現状」で引き渡すべきとされています(現行民法483条)。
ただ、特定物といっても一定の品質は要求され、「現状」で引き渡せば一切の責任を免れるというものではないため、売買契約を始めとする契約履行の場面ではこの規定の適用の余地がなく、意味のない規定と指摘されてきました。
そのため改正案では削除も検討されたのですが、たとえば契約が解除されてすでに受け取った物を返還する場合など、一定の場面ではなお適用の可能性もあるということで、一応残されることになりました。
規定を残すにあたって、ルールの前提として、特定物の品質も契約により決まるという原則が明らかになるような文言を追加しています。
弁済の効果
債権の消滅という基本的効果に加えて、弁済の結果生じるいくつかの効果があり、以下のようにそれぞれ若干の変更が加えられました。
(1)受取証書・債権証書(改正案486条、487条)
受取証書とは領収証のことで、債権証書とは借用書等のことです。
現行民法では「弁済をした者」が受取証書の交付と債権証書の返還を請求できると定められていますが、受取証書の方は弁済と引換えの関係にある(受取証書を交付しない限り弁済を拒むことができる)と解されています。
改正案では、この点がはっきりするように「弁済と引換えに」という文言が付け加えられました。
(2)弁済の充当(改正案488条〜491条)
たとえば同じ債権者に対して100万円の借入れを2本している場合に100万円を返済したらどちらの債務の弁済に回されるのか、というのが弁済の充当の問題です。
現行民法のルールでは、次の順番で処理されることになっています。
① 当事者の合意があれば、それに従う(規定なし)
② 利息や費用があれば、費用→利息→元本の順に充当する(現行民法491条)
③ 元本しかない場合、弁済者が指定できる(現行民法488条1項)
④ ③の場合で弁済者の指定もなければ、弁済受領者が指定できる(現行民法488条2項)
⑤ いずれの指定もない場合、また②で利息や費用に残が出る場合、法定のルール(弁済期の早い順、弁済の利益が大きい順など)に従って充当する(現行民法489条、491条2項)
従来は②で利息や費用に残が出る場合には⑤の法定充当のみが適用され、③④の指定充当は認められないというのが判例の解釈でしたが、改正案ではこの点が変更され、指定充当も認められるようになりました(改正案489条2項)。
また、①の合意充当が全てに優先するということがわかりやすくなるように、新設規定が置かれました(改正案490条)。
弁済の提供と受領遅滞(改正案492条、413条、413条の2)
債務者が弁済しようとしているのに債権者が受け取ろうとしない場合どうなるのか、という問題があります。
簡単にいえば、弁済しようとする債務者の行動を「弁済の提供」、受け取ろうとしない債権者の態度を「受領拒絶」ないし「受領遅滞」といい、現行民法では前者について492条、後者について413条でその効果を規定しています。ただし、その内容は漠然としていて、具体的なことはすべて解釈に委ねられていました。
改正案では、確立している解釈を条文に取り入れて、次のように具体的な効果が読み取れるようにしました。
① 弁済の提供により、債務不履行責任を免れる(改正案492条)
② 弁済の提供により、同時履行の抗弁権がなくなる(改正案533条)
③ 受領遅滞により、特定物保管の注意義務が軽減される(改正案413条1項)
④ 受領遅滞により、増加した費用が債権者の負担となる(改正案413条2項)
⑤ 受領遅滞により、滅失等のリスクが債権者に移る(改正案413条の2)
終わりに
今回は、弁済に関する改正の中編として、前編に引き続いて、弁済の総則に関する改正を、説明・解説してきました。
次回は弁済の最終回、後編として、弁済の目的物の供託と弁済による代位に関する改正を見ていきます。