今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第21弾です。
今回のテーマは,「弁済(べんさい)」です。
弁済に関する規定は、現行民法では、次の3項目に分けられています。
第1目:総則(誰が、誰に、何を、いつ・どこで弁済すべきか等)
第2目:弁済の目的物の供託
第3目:弁済による代位
今回の改正案も上記の基本的な構成はそのままで、各内容にも重大な変更はありません。
全体的な規定の整理、不要な規定の削除、判例法理の明文化が中心的な改正内容ですが、判例法理と逆の結論が採用された部分や実務上の支障を取り除く変更が行われた部分もあります。
これらの改正について、おおむね規定の順に、前編・中編・後編に分けて、チェックしていきたいと思います。
今回は、弁済の前編として、弁済の基本と、上記第1目である総則に関する改正について、説明・解説を行います。
弁済とは
弁済(べんさい)とは、債務の履行のことです。
お金を借りた人であれば借入金の返済、商品を売買した売主ならば商品の引渡し、買主ならば代金の支払い、賃貸マンションの借主ならば賃料の支払いがそれぞれ債務の履行であり、弁済です。
弁済の基本的効果(改正案473条)
弁済があると、債権は目的を達成して消滅します。債権の消滅原因には、他に相殺、更改、免除、混同がありますが、弁済は最も基本的で正常な経過といえます。
ところが、弁済があると債権が消滅するという基本的効果は、現行民法に規定がありませんでした。
そこで、「わかりやすい民法」という改正の趣旨から、この点を明文化する規定が新設されました。
誰が弁済するか〜第三者による弁済(改正案474条)
お金の支払いのように債務者の個性が問題とならない債務の場合、弁済は債務者やその代理人だけでなく、第三者もすることがあります。
たとえば、他人の借金の担保として、自分の不動産に抵当権をつけている人(物上保証人といいます。)は、抵当権を実行されないように借金を代わりに返してやろうと考えることがあります。
また、息子が作った借金を親が返してやろうとすることもあります。
こうした第三者による弁済がどのような場合に認められるかについて、若干の変更がありました。
現行民法のルールでは、上述の物上保証人のように、代わりに弁済してあげることで自分も法律上何らかの負担を免れるような関係にある人と、そうでない人(親や知人など)を分けて、前者は常に第三者弁済できるが、後者は債務者の同意がなければ第三者弁済できないとしていました。
このルールにより、債権者としては、親が息子の借金の返済を申し出たのでお金を受領したが、息子の同意がなかったことが判明したので弁済は無効となり、親にお金を返して改めて息子から取り立てなければならないという事態が起こりえたのです。
これでは債権者の立場が不安定すぎるということで、以下の2点の変更が加えられました。
①弁済をするについて正当な利益を有する者(物上保証人等)でない第三者による弁済が債務者の意思に反したとしても、債権者がそのことを知らなかった場合には弁済は有効(改正案474条2項但書)。
②債権者は第三者弁済を受領しないことができる(現金ならば受取りを拒絶、振込の場合は無効主張)。ただし、履行引受のように債務者の委託があり、債権者がそれを知っていた場合には受領しなければならない(改正案474条3項)。
したがって改正案のもとでは、上記の例の債権者は、息子の同意の有無が全く不明であれば親からの返済を有効に受領することもできるし、もし不同意を知っていたと評価されかねない事情があるとすれば、受領を拒絶してリスクを避けることもできるということになります。
弁済の能力(現行民法476条→削除)
現行民法は、未成年や被後見人などの制限行為能力者が行った弁済に関し、弁済が取り消された場合の物の取戻しに関する規定を置いています。しかし、行為能力の制限を理由として取消ができるのは法律行為に限られ、単なる物の引渡しは含まれないことから、適用場面が非常に限定される上に、その内容も合理的でないと指摘されていました。
そこで、改正案では同条が削除されます。
誰に弁済するか〜債権の準占有者(改正案478条)
弁済の相手方は、当然ながら債権者であるのが原則です。
また、債権者の代理人など、受領の権限を与えられている人にも弁済できます。
これに加えて、現行民法では「債権の準占有者」に対する弁済も有効になる場合があることを定めていました。
たとえば、銀行の通帳と印鑑を盗んだ泥棒が口座名義人のふりをして窓口で預金を引き出そうとする場合、銀行は預金債権を弁済する債務者であり、泥棒は債権者のふりをしている偽物です。
このように、一見して債権者に見える偽物のことを、現行民法では「債権の準占有者」といいます。
債権の準占有者に対する弁済は、弁済者が善意無過失であれば有効というのが現行民法のルールです。
このルールは騙されたり勘違いして弁済してしまう人を保護するものですが、その反面、本当の債権者(上の例では通帳を盗まれた人)が損をしてしまいます。この点のバランスをとるのが弁済者の「善意無過失」という要件です。実際の裁判では、善意無過失にあたるかどうかについて、厳しく判断されています。
改正案ではこのルールに実質的な変更はありませんが、「債権の準占有者」というわかりにくい呼び方をやめ、「受領権者以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有するもの」という表現を採用しました。
この表現によって、債権者のふりをする場合だけでなく、債権者の代理人のふりをする場合も含まれることがはっきりします。
一方、「善意無過失」が裁判で厳しく判断される点についても、わかりやく定めることが検討されましたが、これは見送られ、従前どおり「善意無過失」という要件の中で柔軟に判断されることになりました。
また、債権者名義の本物の領収証を持っている人を債権者だと思って弁済してしまう場合について、従来は別の条文(現行民法480条)で保護していましたが、これは削除して478条に統合することになりました。
いつ・どこで弁済するか(改正案484条)
弁済は、契約等で定められた弁済期に、定められた場所で行うべきものです。
弁済期や弁済場所について合意がない場合、いつ、どこで弁済するかは、民法の規定があり(現行民法484条)、改正案でも変更がありません(改正案484条1項)。
一方、弁済すべき時間帯については、商法520条に取引時間内にすべきという規定があるのみで、民法に規定がありませんでした。
そこで、改正案では、これを商行為に限らない取引社会全体のルールとして一般化し、商法の規定を削除して民法に移動することにしました(改正案484条2項)。
終わりに
今回は、弁済に関する改正の前編として、いつ、どこで、誰に弁済し、その結果、基本的にどうなるのか、といった弁済の総則に関する改正を見てきました。
次回、中編として、引き続き弁済の総則に関する改正を見ていきます。