今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第25弾です。
今回のテーマは,前回の続き、「相殺(そうさい)」の後編です。
前回は、相殺の基本として、相殺適状(そうさいてきじょう)などの相殺の要件、効果、機能や行使方法の説明に合わせて、相殺については4つの改正が行われたこととそのポイントについてお話ししました。
前回のコラムはこちら:「簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ24 相殺・前編:相殺の基本と改正のポイント~」
今回は、4つの改正点について、詳しく解説・説明をします。
改正点①相殺禁止の意思表示(改正案505条2項)
民法は、当事者が相殺に反対の意思を表示した場合には相殺できないと定めています(505条2項)。相殺禁止の特約等のことを指しています。しかしその特約等があることを知らないで債権を譲り受けるなどした第三者は、不測の損害を被ることになるので、但書きで「善意の第三者に対抗することができない」と規定していました。
ところで、これとよく似た規定として債権譲渡の禁止特約に関する民法466条2項があり、やはり同様に「善意の第三者に対抗することができない」と規定されていますが、判例は善意かつ無重過失でなければならないとしていました。たとえば誰でも知っている銀行の預金債権の譲渡禁止特約を知らなかったというような重過失は、悪意と同じで保護されないという解釈です。今回の改正で、466条2項はこの判例に合わせて善意かつ無重過失を要求する内容に変更されることになりました。
相殺禁止の意思表示に関しても、重過失を悪意と同視する考え方には異論のないところだったので、466条2項に合わせて505条2項でも第三者に善意無重過失を要求する内容に変更されました。
改正点②不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止(改正案509条)
たとえば、自動車事故を起こして相手に怪我をさせ、損害賠償債務を負った人が、たまたま同じ相手に債権を有していたとしても、その債権と損害賠償債務とで相殺を主張することは許されません(509条)。
現実に支払いをしてやらなければ被害者がかわいそうという被害者保護の趣旨で、このように規定されています。
また、これを禁止しておかないと、支払いが滞っている債務者に対して、どうせ回収できないならその分損害を与えてやろうなどと考えて、債権者がわざと不法行為を働くかもしれません。このような腹いせ防止の趣旨もあると言われています。
もっとも、このような趣旨からは、①生命、身体等のいわゆる人身損害について、②わざと損害を与える意図でした不法行為についてのみ相殺を禁止すればよく、不法行為全体を対象にしていたこれまでの規定は禁止の範囲が広すぎると批判がありました。
また一方で、医療事故や労災事故等の事例では、不法行為ではなく債務不履行による損害賠償債権が成立することがありますが、債務不履行による損害賠償債権にも同じ趣旨が当てはまるのではないかという指摘もありました。
そこで、今回の改正では、次のような表現で、相殺禁止の範囲を変更しました。
改正案509条
次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務にかかる債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。
1号 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
2号 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。)
2号が上記①の指摘に対応する趣旨で、債務不履行の場合も含んでいます。
1号は上記②に対応する趣旨ですが、こちらは債務不履行を含んでいません。これは、普通の金銭債務の不履行の場合、かなりのものが「悪意」つまりわざと損害を与える意図と認定されてしまう懸念があるためです。そこまで禁止の対象を広げる趣旨ではないので、1号からは外されました。上述の医療事故や労災事故の事例は、2号に該当することが多いので、改正の狙いは十分達成できるという判断と思われます。
改正点③差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止(改正案511条)
相対立する債権の一方が、第三者に差押えられた場合のルールに関する改正です。
差押えられた債権の債務者(第三債務者)が、差押債権者に対して、相殺を主張できるかどうかについて、従来の規定は、差押えより「後に取得した債権をもって差押債権者に対抗することができない。」と規定していました。
その反対解釈として、差押前に取得していた債権があれば常に対抗できると解釈できそうですが、問題があるとして、古い判例は弁済期の先後で相殺の可否を分けていました。
簡単にいうと、自分の債務を遅滞しながら相殺適状を待って相殺を主張するケースまで差押債権者に勝てるとするのは行き過ぎだ、という理由です。
しかし、相殺が実質的には担保として重要な機能を果たしており、相殺に対する期待は強く保護すべきだという理解が広まったことから、後に判例が変更され、やはり条文通り、差押前に取得した債権があれば常に対抗できるということになりました(無制限説)。
今回の改正では、この判例の無制限説の立場が明文化されました。
改正案511条
1項 差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
2項 前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
1項の前段が、従来の規定を引き継いだ部分で、後段が無制限説を明言する部分です。
当初は、後段の内容のみの規定にすることで、相殺できるのが原則であることを示す意図があったはずですが(部会資料69A)、条文化の段階で前段が加えられ、前段の反対解釈を後段で述べるというあまり見たことのない体裁になっているように思います。
2項では、「差押え前の原因に基づいて生じた」債権について、相殺可能な範囲を拡大しています。平成24年に出た判例が、このような債権について破産手続開始決定後でも相殺可能と判断したことから、破産で可能なら差押えでも可能とすべきだろうということで、加えられました。
改正点④相殺の充当(改正案512条、512条の2)
当事者間において、相殺可能な債権債務を複数有している場合に、どのような順序で債務を消滅させるかは、従来の規定では、弁済の充当に関する規定が単純に相殺に準用されていました。
弁済の充当は、たとえば複数の借入債務がある状態で支払いをしたら、どういう順番で債務が消えていくか、利息はどうなるかというような問題です。
相殺であれば、複数の債務に対して1本の債権で相殺の意思表示をした場合、どのような順番で債務が消えていくか、と置き換えて考えることができます。
相殺の場合にややこしいのは、相殺は相殺適状の時にさかのぼって効力を生ずる(506条2項)ので、どの債務が相殺の対象となるかによって利息・遅延損害金の額が変わってしまうことです。
この点を分かりやすくするため、判例が「元本債権相互間では相殺適状となった時期の順に相殺する」というルールを確立していました。そこで、この点を明文化する改正が行われました(改正案512条1項)。
その後は従来と同様で、弁済の充当に関する規定にしたがって処理が行われますが、相殺の場合には準用されないはずの規定が混ざっていたのでそれを除くなどの整理を行い、条文が複雑化しています(改正案512条2項、512条の2)。
また、相殺のもう一つの特殊性として、相殺する側も複数の債権を相殺に供するケースが考えられるので、その場合には同じように処理するという規定が加えられました(改正案512条3項)。
終わりに
以上が相殺に関する改正点です。
相殺は、広く一般的に行われている取引であり、この点の改正は、債権回収などの実務においても大きな影響を与えるところです。
債権回収や相殺など法律のトラブルについては、当事務所弁護士にご相談ください。