相続放棄をすると、相続人でなくなり、遺産相続のトラブルからの解放、借金などの債務を相続せずにすむなどのメリットがあります。
このようなメリットを早く受けたいと、生前に相続放棄できないのかと質問を受けることがあります。
また、遺言を作成する際など、被相続人側から、特定の相続人について、事前に相続放棄させたいとの要望を受けることもあります。
今回は、生前に相続放棄できるのか、生前の相続放棄の念書や誓約書などの有効性、生前の相続放棄に代わる手段などについて、まとめてみました。
生前に相続放棄することはできません。
結論から言うと、遺産相続について、生前に相続放棄すること、特定の相続人に生前に相続放棄させることはできません。
⇒なぜ生前に相続放棄できないのか。
なぜ生前の相続放棄ができないのか、一言でいうと、民法上、制度上認められていないからということになります。
民法では、相続人が、「相続の開始があったことを知った時から3カ月以内に」相続放棄しなければならない(同法915条第1項)とされています。そして、「相続は、死亡によって開始する」と規定されています(同法882条)。
相続放棄は、相続の開始を知った時、つまり、ある方が亡くなられてそれを知った時から3カ月以内にしなければならないと民法上定められており、生前の相続放棄が認められていないのです。
※「相続の開始を知った時」の意味は、原則として、被相続人の死亡と自身が相続人となったことを知ったときをいいます。例外的に、「相続財産が全く存在しないと信じ、かつ、そう信ずるについて相当な理由がある場合」は、「相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時」とすると最高裁判所が判断しています。相続財産とは、プラスの財産だけでなく、借金や債務などのマイナスの財産も含んだ遺産を意味する法律用語です。要するに、借金があることを過失なく知らなかった場合、その相続人が借金の全部または一部を知ったとき、又は、普通ならこれを知ることができたときから、3ヶ月以内に相続放棄しなければなりません。
生前に相続放棄に関する念書等を書かせても、法律上の効果はありません
このように、生前の相続放棄は認めていませんので、相続人予定者に対し、相続放棄する旨の念書や誓約書等を書かせたとしても、相続放棄の効果は生じません。
生前の相続放棄に代わる手段はあるか?
・相続人の廃除
推定相続人の被相続人に対する虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行があった場合に、相続権を失わせる手続きです。
・遺留分の放棄、遺言の作成や生前贈与の活用
遺留分とは、一定の法定相続人に、最低限保障されている相続分のことをいいます。
この最低限保障された相続分を、遺言や生前贈与・遺贈などによって侵害された(相続できなかった)場合でも、遺留分権利者ならば、侵害された分を取り戻すことができるのです。
この遺留分という権利については、民法上、家庭裁判所の許可を得ることで、生前に放棄することが認められています(民法1043条第1項)。
そこで、遺言や生前贈与と併せて、遺留分の放棄を活用することで、生前の相続放棄と同様の効果を得ることができます。
活用例:遺産を配偶者(A)には相続させず、全て子(B・C)に相続させたい場合
・Aに遺留分の放棄をしてもらう
・相続財産を、B、Cに相続させる内容の遺言を作成、または、・すべての相続財産を、BとCに生前贈与・遺贈する
⇒Aの遺留分は侵害されている(=最低限相続できるはずの遺産相続ができていない)が、Aは遺留分を放棄しているので、遺留分権権を行使できない。つまり、Aは何も相続しない
[参考条文]
○民法915条第1項
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
○民法882条
相続は、死亡によって開始する。
○民法1043条第1項
相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる。